2016年11月22日

ユダヤ財閥が探し求める古代日本の秘儀

昨年、一昨年と大好評で終了した

「ザ・ワープ和の成功法則1期・2期」

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大野靖志先生を再び講師としてお迎えし、

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日本人のための世界最先端の

「言葉で現実を引き寄せる願望実現メソッド」

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2012年12月22日

目次

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2011年12月14日

ルシファーの軌跡D

隊長はソフトの推奨レースを無敗で的中させる為に、六爻占術のテキストを購入したが、難解ですぐに挫折していた。
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それで、K氏が1回10万円の相場のセミナーを開催するようになった。
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受講者から大感謝され、好評で受講者も増えてきた。
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10万円は安すぎるという事で30万円に値上げし、最終的に50万円に値上げした。
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だが、競馬損益の穴埋めをするには全然足りず、資金を集めても自転車操業の状態になった。
システム通りに投票ボタンを押せば、毎月40%は必ず利益になるのにである。
投資額が1億円を超えるとオッズが変わるとの事だったので、投資の上限は1億円としていたが、もしシステム通りに投票していれば、毎月4000万円は確実な資産運用だったので大変残念だった。

隊長は責任を感じて、異業種交流会で知り合った事業家を連れてきた。
高橋さんという50代の会社経営者で、ニュースキンでも100万円以上?の権利収入を取り続けている人で、投資が好きで、資産家の知人が沢山いるという人だった。
高橋と言えば名人というイメージがあるので、私は高橋さんに「名人」というアダ名をつけた。
高橋名人なら、競馬の投票ボタンも連打してくれると思った。

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名人は50代の会社経営者で、しかもネットワーカーだけあって、今まで沢山のビジネスマンと交流を持ってきた人だった。
その中で、隊長の話を聞いて、獣の会社に強い関心を抱いて接近してきたのである。
そして、名人は最低でも月収1億円は欲しいとの事だった。

金銭欲のないK氏は、名人にこう言った。

「月収1億も稼いで何に使うの?月20万もあったら十分ぢゃんねぇ!」

名人は反論した。

「それだけ儲かるシステムを持っていながら、稼がないのは罪ですよ!
稼ぐ気がないなら事業をやる意味がないし、使い切れないお金は社会貢献に使うしかないでしょ」

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私は名人のその言葉を聞いて、名人を役員に入れたいと思い、K氏と隊長と会議をして、名人を常務として迎え入れた。
名人は頻繁に何百万円単位で知り合いから集めてきて、競馬に投資してくれた。
ところが、隊長は投票ボタンを押さない……という繰り返しで、預かり資金は右から左に消えていき、いよいよピンチになってきた。

が、投票ボタンさえ押せば確実に儲かる事が分かっているので、名人は常に必要な投資資金を集めてきてくれた。
名人は役員だが、受講料を払ってK氏の相場セミナーを受け、相場でも確実に儲かる事を分かっていたので、K氏に「何で相場やらないんですか」と、いつも聞いていた。
K氏の答えは、「競馬は確実だけど相場に絶対はないぢゃんねぇ」だった。

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名人は一見、守銭奴的な人物に思えるが、人に喜んでもらう為にお金を使う事が好きな人で、自分が集めてきたお金が激減の一途を辿り、給料も1円も払われていないにも関わらず文句も言わずに、週に1〜2回、役員全員を寿司屋か鰻屋に招待してくれていた。
名人も内心は呆れていたはずで、憤りも感じていたはずだが、普通なら怒って会社から離れて敵意を持つような状況にも関わらず、会社の一員として、会社利益を出す為に真剣に動いてくれていた。

それは私の会社が、相場にしても競馬にしても絶対的な運用システムを所有していたからで、他社では考えられない超高額不労所得が得られる事が明白だったからに他ならない。
そういう理由であったとしても、名人の人間性は素晴らしく、それはまさに「引き寄せの法則」で引き寄せられた縁のある人物だった。

ところで、京都時代の人脈の神戸の経営者から連絡があり、某大企業の韓国支社の役員(日本人)を連れてきた。

神戸の知人
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その某大企業は、昔CMでよくやっていた企業で、どこの家庭の台所にも必ずある商品を販売している会社である。
韓国支社の役員と言っても、東京と韓国を行ったり来たりらしいが、獣に会いに名古屋まで来た。
外見も含めて私の噂を聞いていたらしいが、実際に私に会ってみて本当に驚いたそうである。
で、私の写真は、その大企業の中でも広まって話題になっていたらしい(笑)

その時に撮影されて、あとで送ってもらった私の写真
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なぜ私に会いに来たかと言うと、まず1つはその大企業が子会社を創り、神戸の知人がその子会社の社長になった。
青色ダイオード並みの製法特許を持つ製品の期間限定の独占販売権を取得したという事で、私に相談に来たのである。
どのように販売すればいいか、或いはネットワークで流通させるなら力になってほしいとの事だったが、私は本業で精一杯だったので、その話は断った。

もう1つは、その役員が個人的に韓国でIT関連の投資会社の設立を企んでいて、それに加わって欲しいとの事だった。
だが、残念ながら私は、本業の競馬資金を集めるのにも苦労していて、他社の資金調達に協力できる状態ではなかったので断った。

京都時代のビジネスパートナーもよく名古屋に来ていた。
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K氏は儲かる相場システムを証券会社に無償で提供したりしていた。
何千万円で売れるシステムなのに、お人好しのK氏は無償で提供し、証券会社が儲かって感謝され、それで満足するような人だった。
だが、自分の会社は火の車なので、人の為とは言えども儲かる事をしなければならない。
そこでK氏はとてつもない発明をし、それを全国の証券会社に売れば無限の利益になるというものを考え出した。

ところが、システム屋に見積もりをしてもらうと、最低5億円はかかるという。
それで、知人の元IBMのフリーのSEに依頼した。
その知人は、色々なシステム開発やホームページ作成を無償で協力してくれていたのだが、そのシステムを組もうと思えば複数の優秀なSEを集める必要があり、予算も10億円では足りないだろう……との事で、一旦断念した。

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また、K氏は競艇で毎日確実に1%を増やすシステムや、スポーツブックで確実に毎試合1〜2%増やすシステムを作った。
だが、どのSEに頼んでも言語的に難しい?と言われ、隊長の知人の某大学の博士に依頼しに行ったが、無理だと断られた。

さて、内閣府にNPO設立申請してから約9ヶ月後、受理されて設立に成功した。
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そして、セミナーを開催した。
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私は一番後ろの席で、ホームページを作っていた。
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当時、ホームページを作る勉強をしていて、作りかけていた。
何のホームページかと言うと、また新たな別の事業のホームページである。

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隊長の知人で、全国チェーンの美容室の社長がいて、メーカー直で材料を仕入れているという。
しかし、他の殆どの美容室は中間業者のディーラーにぼったくられて利益が上がらず、赤字経営が多いという。

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その美容室の社長はもともと、闇金からお金を借りて生活をしていた極貧生活を味わい、それから5年間で年商10億の美容室の社長になったという。
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それで、全国の美容室を救いたいという事で、メーカーから安くで仕入れた材料を、ディーラー価格よりも安価で流通させたいとの事だった。

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その話を聞いた私は協力したいと思い、ネットワーク方式の販売で「美容業界の流通革命」を起こす構想を練った。

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事業名や報酬プラン、概要書面なども私が作成し、東京でセミナーを開催したりしていたが、結局、正式オープンしないまま終わった。

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知人にテナントを借りて、サプリメントなどを扱うショップも開いたが、店番がいなくて何もせずに終わったりもした。
テナントを貸してくれた人に色々な物を売って、競馬に投資してもらっただけである(笑)

その頃、BARの累積赤字でマスターが店を辞めたいと言い出し、後釜として優秀?なマスターを連れてきた。
隊長がどうしても店をリニューアルしたいというので、なけなしの300万円を提供して、新しい店をオープンさせた。

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店の近くに、店の事務所とマスターの住み家まで借りて提供した。
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2011年12月12日

ルシファーの軌跡C

さて、辞めたバイト先の連中が、社長命令で私を連れ戻しに来た。
口論になると私は何をしでかすか分からなかったので居留守を使ったが、長時間ドアを叩いたり怒鳴ったり、あまりにもしつこく1日に何回も来るので、ホテルから苦情が出た。
それで、彼らは毎日外で張り込むようになり、私は外出が出来なくなり、お金がなくて家賃の支払いも出来ないのでK氏に相談した。
そして、K氏の実家で居候させてもらうことになり、K氏の父親との二人暮らしが始まった(笑)

そこでまず、K氏の提案でアフィリエイトを始める事になった。
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それで、会社のブログと神仙組を開設したが、アフィリエイトのやり方がよく分からなかった。
とりあえず、神仙組は順調にアクセス数が増え、会社ブログも常にランキング50位に入っていた。

会社ブログは、資金ゼロからスタートして社会貢献しながら成功していく……というリアルタイムのサクセスストーリーを展開していた。
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アフィリエイトで稼ごうと思うと辛気臭いので、アフィリエイトをネタにネットワークを作る計画も立てていた。
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が、それは保留となって、NPOの設立資金を作る為に、Co2削減に貢献するネットワーク会社を設立して、都心に事務所を借りた。
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当時、ジュセリーノが地球温暖化で人類が滅亡すると予言していた。
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アメリカ元副大統領のゴアが出した「不都合な真実」も話題となった。
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カリスマ経営コンサルタントの神田氏のメルマガで、以下の語録があった。

■神田昌典公式サイト
http://www.kandamasanori.com/
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キーワード:
ビジネスは、自分とあなたのお客の人間性を成長させる乗り物である。

解説:
社会はあまりに効率化され、その結果、人間性が忘れ去れている。
いま普遍性を持つビジネスとは、接点をもつ顧客そして
自分の人間性を取り戻す力を持っているビジネスである

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そこで、廃油をバイオディーゼル燃料に精製する機械の会社とコンタクトを取った。
その機械は、天ぷら油などを軽油にするもので、1台300万円ほどする。
そして、バイオディーゼルを商材とするネットワークを発足させた。

バイオディーゼルそのものを会員に販売するのではなく、委託販売という形でキャッシュバックという形にした。
キャッシュバックと言っても、売れたらという「たられば」ではなく、売れた事を前提に翌月キャッシュバックするという形である。

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バイオディーゼルはどうするのかと言うと、売上げが出来たら廃油をバイオディーゼルに精製する機械を買うという名目だった。
と言っても、私の会社が廃油を集めてバイオディーゼルを作る作業をするのではなく、それも委託である。

更にビジョンとして、売上げに比例して廃油精製機を購入し、全国の失業者や定年退職者の中でその仕事をしたいという人々に、精製機をプレゼントするというものだった。
その業務自体はNPOの活動として、NPO設立資金も売り上げから捻出するという構想だった。

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もちろん、会員利益を主体としたビジネスで、内容も他に類を見ない斬新なビジネスモデルで、話題性の高い社会貢献が出来た上で収入になり、キチンと説明を聞けば誰もが参加する内容だった。
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それに協賛する人々のお陰で、内閣府認定のNPOを設立する事が出来た。
私は年齢や見た目の問題があり、K氏もあまり風格がなく、隊長は怖そうな人に見えるので、会員のトップリーダーで年配のまともな人を理事長に立てた。

ちなみに、申請して受理されるまでに9ヶ月ほど掛かった。
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しかし、そこから先がなかなか進まず、すぐに頭打ちになった。
自分たちの利益は後回しで、「お金は後から付いて来る」という考え方で、世のため人のために始めた事業なのに……何故うまくいかないのか……。
その頃から私は、21世紀型成功哲学の体系化を本格的に始め、会社ブログにも載せていた。

神田語録
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キーワード:
仕組みが完璧であっても、ビジネスは成功するとは限らない。

解説:
ビジネスの成否は、仕組み50%、運(流れに乗ること)が50%。
完璧な仕組みを作り、当初の結果が良くても、
予測できない出来事で急ブレーキがかかることがある。
運を理解することは、天気予報のようなもの。
天気予報と同じように、自分予報を活用できるかどうか?

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運気のバイオリズムは確かにある。
無努力であらゆる条件が勝手に整って上昇気流に乗る時もあれば、いくら知恵を絞って人の為に努力してもダメな時期はダメなものである。
しかも、それは最初から運命で決まっていることなのだが、我が社は太極八卦鏡を置くことで、六爻占術をしなくても悪い運命が改善されていたはずだ。
これから大恐慌に突入するが、逃れようとせずに運命を受け入れる事である。
運命を受け入れるという事は、過去を全肯定して現在を認め、「今ココ」に感謝して生きるという事だ。

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ちょうどその頃、競馬ソフトの話が入ってきた。
競馬ソフトの話はそれまでに沢山聞いていて、勝てるのは知っているが、検証すると年に一回は必ず7連敗して資金ショートするのだ。
ところが、そのソフトはバックデータを見ると、過去10年間一度も4連敗がなかった。
しかも、厩舎とコネのある会社で、当日の朝に推奨レースが配信され、4レース中、最低1勝は当たり前だが全勝の日も沢山あった。

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平均すると4レース中、必ず2〜3勝はしているのだ。
但し、1勝した時点でその日は終わりという決まりがあった。
何故なら、1レース目で入って、2〜4レースは外れる可能性もあるからだ。
そして、次回に1〜3レース目が外れると7連敗するからである。
1勝したら終わりという鉄則さえ守れば、必ず儲かるソフトだったのだ。
必ず儲かるから限定200台で、価格は200万円だった。
競馬に詳しいK氏と隊長はこれは絶対に買うべきだという事で、K氏のカードで購入した。

そして、K氏の知人が、年収800万円ほどの会社を辞めてまで、力になってくれることになった。

その時のK氏からのメール
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そして、一口50万円で投資を募り、運用を開始した。
運用のパーセンテージは自分で設定できるが、負けたら次は倍掛けになっていくので、1レースにつき5%の運用率で仕掛ける事になった。
5%というと少なく感じるかも知れないが、1ヶ月に8レースあるので40%になる。
資金1000万円なら400万円の利益になり、1億円の資金なら4000万円の利益になる。
レース直前に投票ボタンを押すだけで、確実に利殖が出来るのである。

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そこで、競馬による資産運用を商材としてネットワーク会社を設立した。
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いや、新たに設立したのではなく、前に設立した投資顧問会社の主宰で、
競馬ネットワークをスタートさせたのである(笑)
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それで1千万くらい集まったが、やがてストップした。
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どうやら、この業界は飽和状態で、昔とは状況が違うようだったが、
いずれにしても、相場のような爆発力はなくとも、
確実にその日に結果が出て儲かるという事で競馬事業が主体となった。
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私の知人で、『そもそも思考』の著者・田宮氏も協力してくれていた。
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そもそも思考は、問題解決・アイデア開発で成功に導く思考理論だが、
私はもともと「そもそも思考」だった。

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隊長が田宮氏に説明しているところ
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隊長による事業説明会
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毎週土日、競馬終了後、画面に表示された推奨レースと、運用実績を携帯で撮影してブログで公開していたので、信用度抜群で胡散臭い要素ゼロ、信じない人間は馬鹿である。
出資法に基づけば、投資家には年間29.7%の配当しか出してはならなかった。
つまり、1ヶ月40%の利殖が出るのに、2.475%しは配当を出さなくて良いのだ。
文字通り、会社はボロ儲けだが、投資家の立場になって、法律を無視して5%の配当を出していた。

月8回、ワンクリックで何百万円が確実に儲かる事業だった。
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だが、有頂天になることはなかった。
K氏はデイトレで自分の生活費の確保が出来、
獣はK氏の実家に住んでいるので生活費が要らない。
副社長の隊長は店をやっているのでお金に困っていない。

つまり、誰も給料を取る必要がない状態だったので、
島を買って建国し、大規模な社会貢献をする為に、
利益はNPOに流す為に会社のお金としてストックしていた。

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ところが、そこで大問題が発生し始めたた。
隊長が競馬担当者で、投票ボタンを押す係だったのだが、
資金が大きくなってくると、
ビビってシステム通りに投票ボタンを押せなくなったのである。

分かりやすく説明すると、1レース目が外れ、2レース目も外れた場合、
3レース目か4レース目は必ず入るのだが、2レース目まで外れて、
「次も外れるかも知れない」と思って、隊長が投票ボタンを押せないのだ。
それで3レース目に的中すると、2レース分の資金を損して終わり……。

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そこで私が、「これからは俺が投票ボタンを押す」と宣言したが、K氏がそれを認めなかった。
「隊長を男にせにゃいかん!引き続き隊長にやらせる!」……と言って、結局その後も同じ繰り返し……。
ケーブルテレビを見ながら投票していたので、「入った〜!」と言って皆が喜んで万歳したり握手したりした後に、隊長がボソッと「すいません、ボタン押せませんでした……」というパターンである。

勝てるソフトを持っていながら、毎回数百万円単位で損する事がずっと続き、資金が激減して配当の支払いさえ厳しい状況になってきた。
私は隊長に競馬を担当させる事は反対で、隊長も競馬担当(投票ボタンを押す係)を辞めたいと言っていたが、K氏は次のように言って、隊長に競馬係をやめさせなかった。

「ここで隊長を外したら隊長は本物の人間になれない。
このプレッシャーに打ち勝つ試練を与えないと隊長はダメ人間になる」
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2011年12月08日

ルシファーの軌跡B

私はネットワークのプロで、K氏は相場のプロだった。
2人の相性とビジョンは一致し、念願の投資ネットワークをスタートさせる事になった。

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だが、私にはビジネスを紹介できる人脈が残っていなかった。
D社に参加してくれた最後の人脈に、「D社をクビになったから新たなビジネスを立ち上げました」とは言えなかった。
それで、K氏がD社の時のダウンの1人を紹介してくれて、そこから地味に地道に広まっていった。

K氏のプロフィール
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私のプロフィール
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利益はK氏と折半の予定だったが、K氏は「俺は大丈夫だからルシファー君の生活費に使えばいいよ」と言ってくれた。
しかし、かつて大成功を収めてイケイケだった私が、1人も紹介出せないとはあまりにも情けない。
その時、たまたまD社に参加してくれていた知人I氏から連絡があった。
そして、一連の事情を話して、新ビジネスの資料と登録用紙をFAXした。
だが、その人は紹介力がなく、登録しただけで終わっていた。

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その頃、私は平氏のメルマガを読んでいて、『ブレインダンプ』を実践した。
http://world888.seesaa.net/article/166484879.html
そして、森田健氏の不思議研究所から『太極八卦キーホルダー』を購入した。

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と同時に、I氏の紹介でS氏という人物が登録してきた。
S氏は私の京都の知人で、そこそこの組織力を持っている人物だった。
そして、その日のうちからS氏の紹介で断続的に登録ラッシュが始まった。

これは『太極八卦キーホルダー』の効果に違いないと思った私は、『太極八卦鏡』と『太極八卦鏡(大)』と『財運ストッハー』を購入した。
もちろん、K氏の分も購入し、実家にも送った。
そして、毎日200万〜300万円ベースの売上げになり、200万円以下という日はなかった。
郵便局の口座を利用していたので、土日も関係なく振り込まれ、多い日は500万くらいの売上げがあった。

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ここで注目したい事は、私もK氏も売上げを上げる為に「努力」をしていなかったという事である。
私とK氏がやった事は、力のない人を1人ずつ登録させただけである。
もちろん、「努力しなければ成功する」という単純な話ではなく、「努力をしない」という事には深い意味がある。
その事はゆくゆく解説していくとして、どれだけ頑張っても結果が出ない時もあれば、努力をしないのにフィーバーが止まらない事もある。
まさにパチンコだが、人はそれを「運」や「バイオリズム」などと呼ぶ。
要は、流れに乗った時に全てが自動的に稼働するのである。

但し、売上げを上げる努力はしなかったが、入金確認や登録業務やコミッションの振り込みに大変な労力を要した。
また、大きな組織を持っている全国の大物ネットワーカーが続々と参入し、名古屋まで我々に会いに来くるので外交でも忙しくなった。
私は金髪で顎髭を伸ばしていたので、初対面の人たちは怪訝な顔をしていた。
しかも、私はいつも決まってビールを注文し、何杯もお代わりをして酔っ払いながら話をしていた(笑)
だが、私やK氏と話をして、信頼できる会社だと安心してもらう事が出来た。

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私はホームレスとは全く正反対の道が開けて運勢が急転換したのだが、不食と瞑想は続けていた。
ところが、その当時は気づかなかったのだが、私は以前にも増して「慢心」になり、肩で風を切って歩くようになった。

また、外交の時に会員の人たちから或るビジネスの話をよく聞かされていた。

そのビジネスは全国を席巻して怒涛の勢いで広まっているとの事だったが、私が主宰しているビジネスも同等に知名度があり、その2つが対比されて業界の話題になっているとの事だった。
そして、そのビジネスの資料を見せてもらうと、京都時代に私が考案したビッグプロジェクトと酷似していた。
いや、完全にパクリだった……という事は、その主宰者は獣の知り合いという事になる。
実際、そのビジネスのホームページを作成したという人物にも会ったが、主宰者の名前は明かさなかったが私の知人との事だった。

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それで私は憤りを抑えることが出来なくなってしまっていた。
仕組みだけ真似をしても実際にまともな運用が出来る訳がなく、向こうは明らかに虚偽の誇大なビジョンを謳っていた。
それで私は、そのビジネスは詐欺まがいのインチキだという事を人々に警鐘を鳴らし続けていた。

とりあえず、私が仕掛けたビジネスもアメリカに拠点を置いて、第2弾として本格的な世界展開を準備し始めた。
まず、ハワイ法人を設立し、親会社という事にした。

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図形からパワーが発生していて、会社のロゴマークで業績も決まるそうなので、岡田達雄氏に38万円払ってロゴマークを作ってもらった。
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ハワイ銀行のコーポレートカード
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ちなみに、ハワイ銀行は年利3〜5%だが、当時、最も安定成長していたラトビア共和国のオフショアバンク「ラテコ銀行」(年利7〜8%)のデビットカードも個人的に所有していた。
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何故、会社登記にハワイを選んだかと言うと、永住権が取れるからである。
そして、どこかの島を買って国を造るという計画を立て、K氏も賛成してくれた。
と言っても、建国は目的ではなく「手段」だった。
手段という事は、当然ながら建国以上の大きな目的があったのだが、その事については別の機会に話そう。
「目標を持ってはいけない」という話と矛盾すると思うかも知れないが、そうではない。
その事についても、順を追って解説する。

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さて、日々、心の浄化に努めながらも、それは湧き上がる悪想念を浄化していただけで、悪想念が湧かないような根本的な自己変革ではなかった。
また、当時は内観の習慣がなかったが、内観というのは普通はドン底の時にしかしないものである。
次々にお金が振り込まれて来て超多忙な状態で、「慢心」「嫉妬」「怒り」という感情に気が付かなかった。
愚かにも、私は同じ過ちを繰り返していたのだった。

だが、売上げは一向に減る気配はなく、むしろ会員数の増加と共に勢いを増しているようだった。
それは、会員利益を主体として、人々の喜びを第一とするポリシーは変わっていなかったからだと思われる。

これは平成17年10月13日、私の状況を母に教える為に、K氏とのメールのやり取りを実家にFAXしたもので、母が残していた。
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自由時間も殆どなくなり、毎日20時間くらい作業をする生活が続き、それでも業務が追い付かなくてクレームも多くなってきた。
登録用紙が届く度に憂鬱になり、売上げに嫌悪感さえ覚えるようになった。
もちろん、その時点で業務委託して、お金だけ入ってくる仕組みにしていれば問題なかったのだが……。
1年間の縁故募集期間が終わったら第2弾に移行し、業務委託をする予定だった。
しかし、それまで身がもたないと判断した私は、『財運ストッハー』に「お金はもう要らないから時間を下さい」と強く願い続けた。

郵便局から届いた通帳記載内容
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この中には「合算」というのがところどころにあり、その合算の明細は別の用紙で送られてきていた。
http://kemono666.seesaa.net/article/239240931.html

別の合算明細表
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その時の私は、お金よりも時間が大切である事を身にしみて思い知らされた。
「あの時、ホームレスになっていた方が良かった」と本気で思った。
しかし、相変わらず売上げが減る事はなく、縁故募集を半年で打ち切るという手段を断行した。
すると、案の定、縁故募集終了と共に、新規登録がピタッと止まった。

ちなみに、『財運ストッハー』や『太極八卦鏡』を推奨している訳ではない。
部屋の陰陽バランスを調整したり、エネルギーを高めるのには役立つと思うし、運命の変更も起こり得ると思うが、当然ながら成功の必須アイテムという訳ではない。
私は『太極八卦キーホルダー』を何個も買って、縁ある人々にプレゼントしていたが、「確かに良い事が起きた」という人と「何も変化がない」という人と半々だった。
その事についても、別の機会に詳述したいと思う。

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会員利益を主体としていたので90%以上コミッション還元をしていたが、クーリングオフ期間内にコミッションの支払いをしていたので、クーリングオフがあって上位者が返金してくれないこともあった。

意図的に組織的にクーリングオフをするグループもあって、結構マイナスにもなったが仕方がない。

それから、「第2弾のスタートまで暫くお待ち下さい」という通達を出し、構想を練りながら休暇に入った。

通帳記載内容の一例
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そして、不食をしながらボディビルダーになろうと思い、D社の会員でボディビルをしていた隊長(アダ名)を思い出した。
隊長は私の1つ上で、隊長とも仲が良かったので友達になろうと思った。
隊長はK氏のダウンだったので、K氏に隊長の連絡先を教えてもらって連絡を取った。

すると、隊長は居酒屋のオーナーだったので、K氏と一緒に飲みに行った。
隊長も色々な大物の人脈を持っており、ボディガードとしても頼りになるので、私の会社の副社長にならないかという提案をした。

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ちなみに、私はアメリカ本社のCEOなので、(外見の問題もあるので)日本では会長という事にしてブラックボックスに隠れ、K氏を社長として立てていた。
そして、隊長を副社長として迎え入れる事になった。
それから毎晩のように、隊長が仕事を終えてから一緒に飲み歩くようになった。

私は街外れに住んでいたので、街に引っ越すように勧められた。
隊長は名古屋の飲み屋街にあるゴージャスなホテルに住んでいたので、私も年間契約でそのホテルに住む事になった。
だが、第2弾として設立した投資会社はなかなかスタートせず、気が付けば設立から2年近くが経過していた。

このエントランスの天井一面にシャンデリアがあった。
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余談だが、その頃、久しぶりに京都の知人T氏に電話すると、すぐに名古屋に駆けつけてきた。
特に用事はなかったそうだが、私がどうしているのか気になっていたらしく、久しぶりに会いたいと思っていたとのことだった。

T氏はゴルフ会員権のネットワークの理事をしていたが、私の昔のマーケティングノウハウに感心して参考にしていた1人で、リスペクトされていた。
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ちなみに、私も投資のつもりで会員になっていた。
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29歳の春、私は以前から参加したいと思っていた内観セミナーに参加した。
それによって、自分の使命を自覚した。
自覚と言っても、それは以前からの夢で、建国の後に続く社会貢献・人類救済事業である。
その為に、NPO法人を創ろうと思い付いた。
そして、投資事業で得た利益をNPOに流し、世界を改造していくというビジョンが明確になった。
だが、ビジョンが明確になったら、一旦それを手放して忘れる事が21世紀型成功哲学である。

とりあえず、莫大な資金が必要という事だけは確かで、私も資金が枯渇してきたので、そろそろ第2弾をスタートさせないといけないと思っていると、例のパクリファンドの情報が入って来た。
何と、3年間で300億円集めて、まだまだ勢いが衰える気配がないという。
更に、その枝分かれの会社も1ヶ月で60億円集めたりしているという話を聞いた。
地位の高い資産家たちが億単位で投資しているという事だった。

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私は、そのうち大規模な社会問題になると予想していたが、さすが資金力である。
明らかに作り話としか思えなかった事業内容を実現していたのである。
悪口を言う訳ではないが、私の構想をパクッたのはいいが、それを少し形を変えて大きな作り話で始まった詐欺ビジネスだと思ってた。
確証はないので断言は出来ないが、私の目から見ると完全にインチキだった。
ところが、どれだけのお金を掛けたのか知らないが、オフショアバンクを設立してカードの発行も始まっているとの話だった。

つまり、もともと有りもしないような詐欺まがいだったのが、圧倒的な資金力によってビジョンを実現したという事である。
いずれにしても、私の構想をパクッて先手で仕掛け、私は貯蓄が底を尽きかけているのに、その会社は大躍進をしているという状況を許せなかった。
その後、その会社は5年で500億集めたという情報が入ったが、年間100億のペースということは、順調に行けば10年間で1000億円を達成する事になる。
まさに、私が最初に構想を練った時に確信した数字である。
皮肉にも、それが自分の会社ではなく、他人の会社が実現しようとしているのだ。

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今の私からすれば、誰が実現しても同じ事だが、同時は自他の分離観念を持っていたので激しい悔しさを感じた。
「他者と比較してはイケない」とか「他人の成功を羨んではイケない」とか知識では知っていたし、知識だけではなく名古屋に来てから「体験」として思い知らされたはずだったが、そんな事もスッカリ忘れていて、そのような自分の想念にも気づかなかった。
単なる瞑想やインスタントな内観では、根本的な「自己変革」は無理なのだ。

そして、急ピッチで第2弾を仕掛けようと思ったが、更なる野望を抱き、ハワイ法人は親会社の奥の院という位置付けにして、今度はデラウェアに投資会社を設立した。

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その日本代行センターとして別会社を用意し、更に、その関連会社として投資顧問会社を設立し、証券会社と提携して打ち合わせを重ねた。

その前段階でのK氏からのメール
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資金が残り少なかったので、予算100万円でシステムを作ってくれる優秀なSEを確保し、希望通りのシステムを作ってもらった。
全自動の為、登録が殺到しても全く問題なく、配当の振り込みも銀行に委託して、前回のような地獄を味わわなくていい仕組みを作った。
ビジネスプランやファンドの内容も他社追随不可能な理想的なプランで、いよいよスタートとなった。

初日の売り上げは約1000万円で、予想よりも大幅に少なかったが、日増しに激増の一途を辿るだろうと期待していた。
ところが、2日目から一気に激減し、それ以降、数件の登録がポツポツとあったりなかったりで、不発に終わってしまった。
ガッカリすると同時に焦りもあったが、どうすることも出来ない。
私が必死になっている事に気づいたK氏に、「金をぼっちゃいかん!」と叱られて、ようやく私は目が覚めた。

「目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ」
(日月神示)

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K氏は金銭欲や物欲が殆どなく、私もそのようになっていたが、世界改造という夢を叶える為には無限の資金が必要で、私はその夢の実現に固執し過ぎていた。
また、その無限の資金を得る為の手段であるプロジェクトが思い通りにいらず、ライバル会社に対して嫉妬と憤りを抑えられなかったのだ。
プラス思考で悪想念を制圧するのは、最もしてはいけない最悪の愚行だが、瞑想で悪想念を浄化するのも表面的なものに過ぎない。

嫉妬と憤りの芽を摘む為には、その根本原因を解決しなければならない。
嫉妬も憤りも、他者との比較、つまり分離観念が原因である。
また、それは自分の思い通りにならないからで、その原因は夢や目標や願望に固執している事にある。
それは個人的な金銭欲ではなく、地球を守る為、人類を救う為なのだが、その手段である金を追い求めるあまり、冷静さや謙虚さを見失っていたのだった。
そして、プロジェクトの不発に追い討ちをかけるように、もう1つの災いが発生した。

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プロジェクトの売上げの内、400万円を証券会社に預けていた。
初月で4億円預けると翌月頭に100万円プレゼントしてくれるという話だったので、私は「低く見積もっても毎月10億円くらいは預けられる」と豪語していた。

だが、蓋を開けると400万円ポッキリしか預けられなかったので、支店長も呆れていたのだろうか……。
K氏の指示通りに運用せず、勝手に適当な売買を繰り返されて資金ショートしてしまったのだ。
それによって、最後の希望までもが撃沈した。
たとえ400万円と言えども、K氏のシステム通りに運用すれば、短期間で何倍にも殖やせる為、プロジェクトは失敗したとしても大きな希望は残されていたのだ。

明らかに証券会社の契約違反なので、裁判所に相談に行った。
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しかし、返金させるのは難しいと思われるとの事で、証券会社まで直々に談判しに大阪に向かった。
論争は何時間にも及んだが、我々も投資家に返金しなければならないので引き下がる訳にはいかない。
結局、弁償してもらえなかったが、投資家に事情を説明して何とか一件落着となった。

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尚、会社利益は300万円ほど残っていたが、隊長の希望でBARの開店資金として投入した。
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当然ながら、BARから利益が上がってくる期待は出来ず、ついに文無しに戻り、酒を飲んでお金が貰えるバイトに行った。
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酒を飲んでお金が貰えると言っても、私にとってはとても惨めな仕事だった。
それ以前に、2度目の転落によって、少し惨めな想いを持っていた。
だが、プラス思考によって、マイナスの感情を払拭した。
しかし、経営者というプライドがあり、二度とやらないと決めていたバイトをせざるを得なくなった。

それ自体も惨めだったが、接客業というのは下手(したて)に出なければならないので特に惨めさを感じる。
しかし、それも「慢心を克服する修行」だとプラス思考に切り替えた。
また、お金を払って話し方教室などに通う事を考えると、話術を磨きながらお金が貰えるというプラス思考に切り替えた。
そう思って頑張り始めた矢先、20歳の若者が酔っ払って喧嘩を売ってきた。
お互いにアルコールが入っていたせいもあるが、見下されてキレた私は暴力事件を起こしてしまった。

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実は、その少し前にもプライベートで暴力事件を起こしていた。
いずれも警察問題にはならなかったが、殺人未遂事件だった。
27歳の時に天人合一をして人間性が変わり、その後も精神修養を続けてきたので、殺人衝動など起きる訳がないと思っていた。
だが、深層意識にはその種が残っていたようで、2度目の転落によって発芽したのだろう。
そして、アルコールによって理性を失くし、潜在意識の扉が開いている時に、その毒芽に刺激を与える言葉を掛けられて爆発したのだ。

少し詳しく話すと、小学校の頃に転校してイジメられていた私は、中学に入って道を外れ、その後、その道で成り上がった経験があるので、そのようなプライドも残っていた。
事業で成功して少しお金を握ったというプライドもあり、2度目の転落という惨めさもあり、そこにアルコールが入っている時にバカにされたような口を聞かれると、刑務所覚悟で本気で殺してやろうと思うものだ。

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だが、それも「必然・必要・ベスト」な出来事で、結果的に良かったのである。
まず、被害に遭った2人は、今後、人に暴言を吐いたりする事を戒めるだろう。
また、その2人には、殺されかけて痛い目に遭うというカルマがあったのである。
そのカルマを私が摘み取ってあげたのだ。
傲慢な言い方だが、客観的に観ると、そういう事になる。

それで、その2人が被害を受けて腹を立てたのなら、新たなカルマを作る事になるが、その件に関しては2人とも深く反省したはずである。
少なくとも、1人(女性)は反省し、以前よりも私に熱愛するようになった。
もう1人の20歳の少年も、人づてに「反省しているようだ」という話を聞いた。
当然ながら私自身も深く反省したが、それも「傷害事件を起こす」というカルマの結果であり、私が悪い訳ではないのである。
世の中の犯罪者たちも、皆カルマの結果として犯罪をさせられているのだ。
あなたが日々発する悪想念も、そのような想念を発するというカルマの結果なのだ。

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カルマとは「原因」の事で、ホ・オポノポノで言う「記憶」である。
それは過去世の記憶かも知れないし、先祖の記憶かも知れないが、潜在意識と遺伝子にインプットされている「情報」である。
それによって私は、「プラス思考の危険性」を実体験し、「意識の持ち方」というものを深く考えさせられた。

問題は、潜在意識の記憶(カルマ)は無尽蔵だという事である。
深層意識を浄化しなければ、本当の自己変革は出来ない。
私は本当に根本的な自己変革をしたかった。
その時、本棚の『絶対変革』という本が目についた。
何年も前に買って、まだ読んでいなかった本である。
その本を拾い読みして、「これしかない」と感じた私は、それに書かれているネオデジタル内観を実践し始めた。

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話をまとめると、2度目の転落も、実は「成功」だったのである。
私は以前、「金は要らないから時間が欲しい」と強く願ったので、それが実現したのだ。
また、この時にプロジェクトが大成功していたら、やはり今の私はない。
今後の大成功の為には、まだ「失敗」と「挫折」を経験する必要があり、また、それによって一歩間違えれば人生を狂わせるような事件を起こした事も「必然・必要・ベスト」だったのだ。

何故なら、それが「ネオデジタル内観」を始めるキッカケになったからである。
私が今まで築いてきた知識や人生観が崩壊した。
つまり、「自己破壊」が始まったのである。
そして、凄まじい試練が降りかかって来る事になったのだが、この話は普通の人には理解できない異常な体験なので、ここでは割愛する事にする。

そして、『日月神示』を手に取った私の目に、次の記述が飛び込んで来た。

「そなたはこの神と極めて深い縁があるのぢゃ。
縁あればこそ引き寄せて苦労さしてゐるのぢゃ。
今度の御用は苦の花咲かすことぢゃ。
真理に苦の花さくのであるぞ。
因縁のそなたぢゃ、一聞いたら十がわかるのぢゃ。
云われんさきに判ってもらわねばならんぞ」
posted by ルシファー at 20:00| Comment(3) | 過去の実績紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

ルシファーの軌跡A

26歳の夏、ビッグプロジェクトに向けて動き始めていた時、突如として転機が訪れた。
M社のアップの重田氏から電話があり、名古屋に呼び出された。
重田氏はあれから医療布団のネットワーク会社を設立し、私は会社直のトップリーダーとして登録していたのだが、重田氏は社長を辞任し、年商800億円のドラッグストアの子会社D社の副社長になったとの事だった。

D社は単品の健康ドリンクを販売していて、リピート率が非常に高いという事で、それを商材にしてネットワーク会社を立ち上げるから、私に社長になってほしいとの事だった。
私は即座に断ったが、重田氏と向こうの社長に「力を貸してくれ」と必死で頼まれ、その後、居酒屋で説得された。
私は断る口実として、「金髪だから無理」とか「人前で講演とか出来ない」とか「今、ビジネスを立ち上げてるから力になれない」とか、色々な事を言った。

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しかし、次のように言われた。

「もちろん、それは十分わかってるから、ブラックボックスに隠れていたらいいし、出社する必要もない。
人前で話す必要もないし、髪の色も関係ない。
この社長は昔、某社の専務で、年商80億まで持っていった実力者だから、1年後には月収1000万は必ず取らせる。
それプラス、会社売上の10%を毎月あげる。
その他、これから色々な事業展開を考えていて、次々に会社を設立して全部の役員に就かせてあげるから……」


うまい話を沢山並べられ、少し協力してあげてもいいと思い、OKを出した。
そして、とりあえず最初はD社のネットワーク事業部としてスタートする事になり、私は事業部長という役職になった。
それから私のクラブの主要メンバー100人くらいを登録させたが、そこから伸び悩んでいた。
すると、「今やっているビジネスを全部やめて、これ一本に集中しろ」と言ってきた。
私はそのような事を言われるとヤル気を失くすタイプなのだが、何故か分からないが、素直に言われる通りにしてしまった。

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そして、全国の顧客に次のようなFAXを送った。

「この度、名古屋のD社のネットワーク事業部を立ち上げることになりました。
今やっているビジネスを全て辞めて、これ一本に絞って全力投球で展開していきます。
どうか皆様、奮ってご賛同下さい」


ところが、全然反響がなかった。
こんなに誰からも反応がないのは初めてだった。
商品やビジネスに魅力がないのだろうか……。
否、案内文がマズかったのだと気が付いた。
私は真剣さを強調した文章を作ったつもりだったが、相手の立場になって読み直すと、「今まで付いて来たのに裏切られた…」という気持ちにさせてしまったようだ。

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やむを得ず、地元で地道に活動し、浄水器ネットワークの京都のトップをリクルートした。
そこから徐々に広まったものの、爆発的に広まる事はなかった。
重田氏は、すぐに何千人〜何万人になる事を期待していたようで、毎日のように電話が掛かってきて嫌みを言われていた。
だが、私も全てを捨てて出航した船だったので、後戻りは出来なかった。
月収は10万円以下に落ち込み、生活は非常に苦しくなった。
その頃、同棲していた彼女が出て行き、家賃の支払いやサラ金の返済も出来なくなって事務所に引っ越した。

事務所はN氏が無償で貸してくれていたものだが、私が監査役で入ったN氏の会社について、登記したばかりなのにどうやって断るかを悩んでいた。
だが、何度かミーティングしたものの、各役員の本業が忙しくて結局何も稼働しないまま自然消滅してくれた。

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重田氏からは「名古屋に引っ越して来い」と、いつも言われていたが、引越資金もなかった。
27歳の春、奇跡的に引越資金ができて、名古屋に引っ越すことになった。
資金を使い果たして持ち金は数万円しかなかったが、楽観的な性格で極度のプラス思考だったので、特に不安や心配もせずに耐えていた。
引越後、社長と重田氏に呼び出されて会社に行くと、髪の色を注意された。

そして、次のような会話のやり取りをした。

「帰ったら黒染めして、明日から毎日出勤して掃除から始めなよ」

「いや、黒染めと毎日出勤はちょっと無理です」

「何しに名古屋来たの?」

「来いって言われたから……」

「来て何するつもりだったの」

「紹介活動とか、たまに会社に顔出したりとか……」

「紹介出せるの?たまに会社に顔出してどうするの?」
本当にヤル気があるなら黒染めして、明日から出勤しなよ」


という事で、黒染めして毎日出勤する事になった。
私の肩書は「事業部長」のはずだったが「スタッフ」という事にされた。
まるでサラリーマンのような毎日で、非常に苦痛な日々が始まった。
雨の日も風の日も、片道30分以上歩いて通勤していた。
しかも、土日はセミナーのスタッフをやらされ、休日がなかった。
だが、名古屋では着実に会員数が増えていたので、希望を持って忍耐で凌いでいた。

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ところが、1ヶ月経っても給料が貰えなかった。
2ヶ月目も給料は貰えなかった。
3ヶ月目の月末も給料は貰えなかった。
さすがにおかしいと思っていると、社長が話を切り出してきた。

「どこかに就職して修行してきなよ」

「はい?」

「売上げなかったら給料も出せないしさぁ、ルシファー君も生活していかないといけないだろうし」

「僕が作った組織だけでも毎月100万以上の売上げはあるはずですけど」

「会社を運営するには色々と経費が掛かるから、100万の売上げでどれだけ給料が出せると思ってるの?
給料が欲しかったら人を騙してでも売上げ作って来ないと、会社の一員として認められないよ」

「僕が会員として考えた場合、僕のポジションで毎月10万くらいはコミッション発生してるでしょ?」

「ルシファー君は会社側の人間だから会員登録してないよねぇ?
そして社員として正式に雇用してる訳でもないから、会社としてはルシファー君に給料を渡す義務もないしね」

「……………………。」

「毎日出勤して掃除とか資料作りとかしてくれてるけどさぁ、ハッキリ言ってお荷物なんだよね」

「家賃滞納してて、光熱費とか携帯代の支払いとかで、もう手持ち資金が全然ないんですよ」

「よそのネットワークで収入あるんぢゃないの?」

「全部ヤメろと言われたから収入源ないですよ」

「ぢゃあ、3万円貸してあげるから、ちゃんと働いて返してよ」


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その時、初めて騙された事に気が付いた。
最初から私を利用して、不要になれば切り捨てるつもりだったのだ。
「名古屋に引っ越して来い」と言われていたのも、本音ではなかったのだ。
まさか本当に名古屋に引っ越してくるとは思っておらず、私が断り続ける事を願っていたのだ。

そして、それを理由に

「会社は名古屋にあるのに、事業部長が京都に住んでいるのはおかしい。会員にも示しが付かない。
名古屋に引っ越して来ないという事は本気ぢゃない証拠だから、もう辞めてくれ」

と言ってくるシナリオだったのだろう。
私が名古屋に来た時「本当に来たの?」と驚きとともに困惑した顔をされた事を思い出した。
それで、建前上、毎日出勤するように命じられたようだ。

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私はそれまでに、会員を増やす為のアドバイスを何度もしてきたが、聞き入れてもらえず、それが最も悔しい事だった。
私が何かアドバイスをすると、重田氏に次のように言われていた。

「会社というのは軍隊と同じなんだよ。
社長が白と言ったら、黒でも白と言わないといけないんだぞ」


結局、3ヶ月間タダ働きをしてクビになった。
まさに、天界から追放された堕天使ルシファーだった。
その後、2回ほど軽作業の日雇いバイトに行ったが、もう絶対にバイトは無理だと思った。
その3万円も水道代や光熱費や携帯代でなくなり、やがて携帯も止まり、お金も食べる物もない生活が続いた。
マンションを追い出されるのも時間の問題だったので、ホームレスになる決意をした。
名古屋城公園にテントを張って、瞑想と不食の生活をしようと思い、いつも下見に行った。

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しかし、何故このような状況に陥ったのか……。
私は名古屋に来る少し前、20日間の断食瞑想によって「天人合一」という体験をしたことがある。
それは、宇宙と融合する至高体験で、ある種の「自己発見」であり「悟り」に似たものだった。
それ以来、私は人間性が大きく変わったし、3ヶ月間タダ働きをさせられて捨てられた事に対しても、全く腹が立たずに冷静に事実を受け止める事が出来た。

だが、「何故?」という想いは強く持っていて、自問自答を続けていた。
私は明確な目標を持ち、それを実現させる信念を持ち、人々の喜びを優先しながら、自分なりに精一杯の活動をしてきたつもりだった。
そして、ビッグプロジェクト発足に至っては、鮮明なビジョンが見えて大成功を確信していた。

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ところが、名古屋でホームレスになろうとしている。
何故、こんな事になったのか……。何故、名古屋に来たのか……。
株式会社ウィンディの吉永克彦氏は、宇宙をイメージする瞑想で宇宙と一体化する感覚を覚え、それから人生が劇的に好転し、社会的に大成功を収めた。
私の場合は全く逆で、一気にドン底まで転落した。
一体、何故なのか……私は内省した。
そして、堕天使ルシファーの神話を思い出した。
ルシファーが堕落した原因は「慢心」と「嫉妬」だった。

ああ、お前は天から落ちた、「明けの明星」、「曙の子」よ。
お前は地に投げ落とされた、もろもろの国を倒した者よ。
かつて、お前は心に思った。
「わたしは天に上り、王座を神の星よりも高く据え、神々の集う北の果ての山に座し、雲の頂に登って、いと高き者のようになろう」と。
しかし、お前は陰府に落とされた、墓穴の底に。

(「イザヤ書」第14章12-15節)

私は自分の心にルシファーの姿を見た。
順風満帆だった頃、確かに私の心は「慢心」に満ちていた。
そして、私より成功している人や資産家を見て、悔しい思いを持っていた。
つまり、「嫉妬」であり、そのハングリー精神が私の原動力でもあった。
私は日本一の資産家になるべく、ビジネス界に反乱を起こそうとしていたのだった。

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ルシファーの預言書である『日月神示』には、次のように示されている。

「そなたは頭が高いぞ、天狗ぞ、その鼻まげて自分の匂いをかいで見るがよい」

「我が我がと思うているのは調和(まつり)ていぬ証拠ぞ。
鼻高となればポキンと折れると申してある道理よく判ろうがな。
この御道は鼻高と取りちがいが一番邪魔になるのぞと申すのは慢心と取り違いは調和の邪魔になるからぞ。
ここまでわけて申せばよく分るであろう」

「取り違えと天狗が一番恐いのざぞ、千刄の谷へポンと落ちるぞ」

「我が我ががとれたら判って来るぞ、慢心おそろしいぞ」

「この道には色々と神の試あるから慢心するとすぐ引っくり返るぞ」

「天国に底ない様に地獄にも底ないぞ、何処までも落ちるぞ。
鼻高の鼻折らな人民何んと申しても神承知出来ん」

「慢心取違ひ疑ひと我が此の道の大き邪魔となるぞ。
くどい様なれど繰返し繰返し気付けおくぞ」

「我張りてやる気ならやりて見よれ、九分九分九厘で鼻ポキンぞ。
泣き泣き恥かしい思してお出直しで御座るから気付けているのぢゃ」


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確かに、急激な衰退が始まったのはビッグプロジェクト発足の直前だった。
だが、しかしである。
「天人合一」を体験した後に、名古屋への移住が決定したのである。
それを考えると、人智で計り知れない何かの意図が働いているとしか考えられなかった。
しかし、私はホームレスになろうとしている。
という事は、ホームレスを体験する為に名古屋に来たのだろうか……。

確かに、ホームレスになれば、世俗の中にいながら世俗から離れた状態で、野外で瞑想と不食の生活を1人で心静かに送る事が出来る。
それも悪くない……というより、そのようなアウトドアライフを望んでいる自分がいた事は事実である。
知らない街で全てを捨てて、ドン底に落ちて一からやり直せという事なのだと解釈した。
その時、今までに味わった事のない晴れやかな気持ちで、期待に満ちてワクワクしていた。

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名古屋城の公園には毎日のように下見に行っていた。
そして、私が住もうと思っていた場所があり、昼間はいつもそこで、太陽と大地、風や草木のエネルギーを浴びる瞑想をしていた。
ある日、空腹で体力が極度に低下し、立ちくらみが酷かった為、名古屋駅の高島屋の地下の試食コーナーに向かった。
その途中で、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は、D社の名古屋のリーダーK氏だった。
話を聞くと、K氏も色々あって自らビジネスを辞めたという。

私はこう言った。

「活動しなくても毎月何十万かコミッション入るでしょ?
何で辞めたんですか、もったいない……」

すると、「そんな金いらんよ、奴らと関わらんほうがいい」とのことだった。

理由を聞くと、私の姿を見なくなったので常務に聞くと、「役に立たないから切った」と聞かされ、会社に不信感を抱いたという。
名古屋に呼んでおいて、3ヶ月間タダ働きさせてクビを切る……普通に考えれば酷い話ではある。

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K氏はD社の常務ともともと知り合いだったらしく、次のような話も聞いたという。
副社長はD社を乗っ取って、社長を追い出す為にD社に近づいて入り込んだという。
それは、その数年後に実現しているので事実である。
副社長が「社長の言う事は絶対だ」と言っていたのは、社長に忠誠を誓ったように見せかける演出だったのだ。
実際には、副社長は陰で社長を馬鹿にして悪口を言っていたという。

一方、社長は私と2人の時に、いつも副社長と常務の悪口を言っていた。
また、社長と副社長は常々、会員の誰を除名にするという話をしていた。
少し詳しく話すと、例えば10万円のコミッションを受け止っている会員がいたとする。
その会員が頑張って組織を拡大し続けていたら問題ないのだが、怠けてコミッションだけを受け取っていると、何かと理由をつけて除名にし、そのポジションから発生する10万円の権利収入を会社利益にするという企みである。

だが、こういう考えはイケない↙
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K氏は私にこう言った。

「あいつらワヤやっとる!ルシファー君も辞めて正解だよ」

その時、私が名古屋に来る事になった別の理由も「理解」した。
1つは「会社に入って組織を体験する為」で、もう1つは「大人の世界の汚い一面を体験する為」である。
K氏はもともと相場師で、17年間それで生計を立ててきた人物だった。

だが、ずっと家に引きこもっていた為、気分転換に、或る会社に就職したという。
その会社は潰れかけだったそうだが、K氏の活躍で2年間で年商40億になり、共同経営者という立場に上り詰めたという。
この話は、D社の常務から聞いていた話なので実話である。
実は、D社の常務はその時のK氏の部下で、その繋がりでK氏をD社に引っ張ってきたという事だった。

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つまり、K氏は優れた経営ノウハウと資産運用の技術を持っている人物だったのだ。
しかも、底抜けのポジティブ・シンキングで、獣と波長が合っていた。
そして、K氏は獣の現状を知って救出してくれたのだった。
私はD社の立ち上げに関わる前、本当は投資ネットワークを立ち上げる予定だった事を話した。
それで、2人でそのプロジェクトをスタートさせる事になった。

まさに、「禍転じて福となす」である。
ビッグプロジェクトの展開にあたって、K氏は本当に組むべき理想のパートナーだった。
その為に名古屋に来て、D社で出会ったのだ。
獣は会社スタッフ、K氏は会員という立場だったが、気が合って親しくしていた。
お互い連絡先は知らなかったが、同じ時期に2人ともD社から離れ、偶然にも意外な場所で再会したというのは、運命としか言いようがない。

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しかも、私は社長から3万円を貰って会社を辞めた後、金髪に戻していた。
K氏は黒髪でスーツ姿の私しか見た事がないので、金髪で私服の私に気づいて声を掛けてきたのも奇跡である。
逆に、金髪だから目立って気づいたのだとしたら、金髪にした事は神の計らいだったという事になる。
いずれにしても、金色は風水的に最も「金気」を呼ぶ色である。

私が名古屋に来たもう1つの理由は、ビッグプロジェクト発足前に自分でパソコンが出来るようになる為だった。
もちろん、自分ではそのような意図はなかったが、D社で初めてパソコンを覚えて、Eメールやワード、エクセル、イラストレーターが出来るようになった。
もし、毎日8時間、3ヶ月間パソコン教室に通えば、どれだけの費用が掛かっただろうか。
いや、費用の問題ではなく、D社に入らなければ、私は自分でパソコンを使う事はなかったと思われる。
それが、無料でパソコンの基礎を学べたのだから、有り難い事である。

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総合的に解釈すると、私が転落したのは、より大きな成功の道を進む為に必要なプロセスだったのだ。
もし、私が自分でパソコンを使えずに人任せにし、人に騙される事も知らず、有頂天で天狗のまま、香港の投資会社と提携してビッグプロジェクトをスタートさせていたら、どうなっていただろうか……。
そう考えると、全ては必然・必要・ベストであり、失敗や転落は「反省」する為の「気づき」が与えられているという事なのだ。
それは文字通り、進むべき道から脱線している事を知らせる信号だと言える。

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「失敗は成功のもと」という言葉があるが、適切に表現すれば「失敗は成功のプロセス」であり、本質的には「失敗」というものは存在しないのだ。
もし、「失敗」というものがあるとすれば、その本質に気づかない事こそが「失敗」である。
故に、一見「失敗」に見えるような現象は沢山あった方が良いとも言える。
それを人間の狭い視野で「失敗」と捉えるか、脱線を知らせる注意信号と捉えるかで、大きな違いが生じてくる。

また、脱線は体験なので決して悪い事ではない。
「失敗は沢山した方が良い」と言われているのは、真理だと思う。
脱線を「転落」という言葉に置き換えると、転落の原因と理由を「理解」した時、次のステップに上昇する為のジャンプ台が、転落した穴の底に現れるのである。
私の場合は、特に「慢心」と「嫉妬」に注意が必要だと反省した。
また、過去の栄光を振り返って、今までの成功法則を根本的に見直す事になった。

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即ち、私は「明確な目標」や「信念」など、ナポレオン・ヒルの成功哲学に基づいて成功してきたが、その根本的な間違いに気づいて「真の成功哲学」を確立する機会でもあったのだ。
それが、私が大事業を始動させる直前に、突然運命の流れが変わってドン底に転落した最大の理由だったのである。
もちろん、その21世紀型成功哲学を体系化し、人々に知らせて成功を共有する事が最大の目的である。

ちょうどその頃、森田健氏の『運命を変える未来からの法則』を読み、私が漠然と感じていた事が理論的に解説されていた。
そして、森田健氏のDVDを購入してK氏に観せると、よく理解してくれた。
言われてみると、K氏は森田健氏が説く5次元的な性格で、5次元的な生き方をしている人だった。
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2011年12月06日

ルシファーの軌跡@

もし、私が過去に何の実績もない人間であれば、このブログを書く資格はない。
また、読者にとっても、このブログの価値や信憑性は取るに足りないものとなってしまうだろう。
そこで、自慢げな話ではあるが、私の過去の栄光を話しておかなければならない。

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私は小学校6年の時、母親の影響で「生長の家」という新興宗教に入っていた。
その頃、発明家の橋本健氏の『運命の法則』という本に出会い、その成功哲学が「生長の家」の教えに基づいている事を知った。

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そして大学時代にジョセフ・マーフィーの「眠りながら成功する」に出会い、生長の家の思想がマーフィー理論に立脚している事を知った。
マーフィーの本を日本で初めて翻訳して出版したのが、生長の家の創始者だったのだ。
そのマーフィー理論は、「ニューソート」と呼ばれるアメリカで始まった宗教運動で、ニューエイジの源流の1つでもある。

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その後、マーフィー理論を医学的に証明したような内容の本『脳内革命』に出会った。
私は毎晩、眠りに就く前のイメージング(祈り)を習慣にし、日常の様々な事を実現させてきた。
それによって、潜在意識の存在や働きを実感するようになった。

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大学を中退した私は、19歳から建築のアルバイトを始めた。
その時に「ニュースキン」に出会い、月収1000万円の権利収入を目指して頑張った。
ところが、友人に断られ続け、失望して辞めてしまった。
その後、青果市場や警備員や焼き芋の移動販売など、色々なアルバイトを転々としながら借金生活をしていた。

22歳の時、友人に焼き芋を売ろうと思って電話すると、「事業を始めて儲かってるから聞きに来い」と言われ、まさかネットワークだとは思わずに、期待して聞きに行った。
MLMは二度とやらないと決めていたが、インターネット系のビジネスという事で先見性を感じて参加する事にした。
中学時代の友人に電話すると「話を聞きたい」と言われ、期待して会いに行くと逆アポだった。
その友人から「ビッグプラネット」の話を聞いた私は興奮し、ビッグプラネットに乗り換える事を即決した。

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ところが、ビッグプラネットの母体はニュースキンだった。
それで蓋を開けると、ビッグプラネットが上陸するまでに、化粧品やサプリメントで組織を構築しておけという話だった。
だが私は、そのビッグチャンスを逃す訳にはいかなかった。

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某消費者金融で限度額の50万円に達していたが、スーツを着て窓口に行き、返済計画を真剣に話すと、更に30万円の追加融資を受ける事に成功した。
その資金で約25万円分の商品の買い込みをし、ニュースキンを本業として取り組んで頑張った。

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幼稚園、小学校、中学、高校の卒アルを見て、先生を含めて、知らない奴らにも片っ端から電話した。
しかし、殆どの人間に警戒されて全滅だった。
私が誘ったのは、同年代の社会経験の少ない人間ばかり。
セミナーに行くと経営者が多かった。
私は自分よりも上の人間を狙う作戦に切り替えたが、なかなかうまくいかず、暫くはバイトを転々としながら生きていた。

キャバクラのボーイ……小娘にコキ使われて頭にきて数日で辞めた。
ホテルの宴会場のウェイター……初日に暴力事件を起こしてクビ。
電池工場の流れ作業……ダル過ぎて数日で辞めた。
その他、美容室のオシボリ配達など……数十業種のバイトをしたが、殆ど1日〜3日で辞めた。
期間はド短期だが、様々な経験が出来た。

その間、経営指導の神様と呼ばれる船井幸雄氏やアムウェイの大成功者の中島薫氏などの本を読んで、成功法則を研究していた。
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しかし、結果は・・・借金が増えるばかりで、完全に玉砕だった。
私は無職で、彼女の稼ぎで借金返済と生活維持をしていた。
まさに、天から地に堕とされたルシファーのような転落人生を経験した。

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ある日、「ナポレオン・ヒル」の成功哲学に出会った。
それを読んで資料請求すると、その会社から電話がかかってきた。
2時間くらい色々な話を聞き、向こうの口車に乗って契約させられてしまった。
実際にはローンが通らない事を想定して契約したのだが、何と審査をパスしてしまった。

そして、速聴機とセットの教材が届いた。

「PMAプログラム」
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もちろん、それを勉強したところで成功するとは限らない。
むしろ、実際に成功する人は少ないだろう。
この時点で私の借金は800万円に達していたが、ナポレオン・ヒルの成功哲学をマスターして活用し、成功への道を開いていった。
まず、ビジネス雑誌を読んだ事をキッカケでSOHOを始めることにした。

そのビジネス雑誌は『頭で儲ける時代』という本だった。
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そこで「情報販売」というビジネスを知った。
まだ、インターネットが普及していない時代だったので、『頭で儲ける時代』の広告を使って情報起業をした。

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初めて広告を出した数日後、現金書留が送られてきた時の喜びは今でも忘れない。
現金書留で代金を送ってもらい、折り返し、商品(資料)を発送するというスタイルで、初月で10万円くらいの利益になった。
だが、毎月10万円前後の売り上げで一定し、金持ちになるビジョンが見えない。
毎月50万円くらいの支払いが必要だったので、借金返済どころか生活費の足しにもならなかった。

22歳位から田中貴金属に積み立てをしていた。
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大富豪になって遊んで暮らす為には、高額な権利収入を得るしかない。
その為には、ネットワークビジネスで成功するしかなかった。
私は時間を拘束されたり、人に指示されるのが死ぬほど苦痛で、バイトは二度とやらないと決意していたが、営業力を身に付ける為に、家庭教師のテレアポのバイトを始めた。
しかし、ダルさに耐えきれずに数日で辞めた。
次に、マイラインの営業のバイトを始めたが、これも数日で辞めた。

もっとも長く続いたのがサイデリアの訪販で、1ヶ月ほど続いた。
その間にアポ率No.1の成績を収め、この時に独自の営業ノウハウを確立した。
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しかし、精神的に1ヶ月が限界で辞め、今度こそバイトはやらないと決意した。
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そこでまず、情報商材を増やし、直接お金を送ってもらうのではなく、資料請求してもらうというスタイルに切り替えた。
すると、毎日10件以上の資料請求が来るようになり、売上げは50万円ベースに乗った。

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更に、自分の失敗経験を基に『ネットワークビジネス必勝法』という資料を作成し、それを商材として自分でネットワークビジネスの会社(個人事業だが)を始めた。
会員数は少しずつだが着実に増え続け、毎日平均2〜3人、多い日は10人くらいの登録があった。

その頃、ナチュラリープラスというネットワークビジネスに出会った。
将来性を感じた私はそのビジネスに参加し、自分が主宰するネットワークの会員や、今まで情報を購入してくれた人や資料請求してきた人たちに、一斉に情報を発信した。
自分で言うのも何だが、私は信用を得ていたので、資料と登録用紙を送っただけで54人が登録してくれた。

船井幸雄氏にも挨拶文と登録用紙を送ったが、無視された(笑)

その結果、24歳の春、会員数10万人の頃に、リクルートキャンペーンで上位50人に入り、ハワイ旅行に招待された。
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この頃は、情報販売と合わせて、月収100円以上にはなっていた。

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その時のトップリーダー
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「出会った人の人生を変える」「人に喜びを与える」「人を褒めること」「感謝と思いやり」

私もそれを教訓として我武者羅に取り組んだ。
大手電算センターの統計によると、ネットワークビジネス参加者の97.4%は無収入だという。
という事は、私は成功者の仲間入りを果たしていたわけである。
私は他にも次々といろいろなネットワークビジネスに参加し、エナジックという浄水器のビジネスでも1ヶ月で最高タイトルの直前までいった。

また、様々なビジネスセミナーや異業種交流会に参加して、経営者やネットワークの大物との人脈を構築していった。
私の成功は、雑誌を通して全国的に有名だったが、関西でも「若くて金髪だけど凄い奴がいる」ということで口コミで私の名前が広まり、大物を紹介されたり、チャンス情報が次々と舞い込んでくるようになった。
私は常に数十社のネットワークに参加していたが、あくまでもナチュラリープラスがメインだった。
ナチュラリープラスのダウンの数は増え続けていたが、いわゆる片伸びで収入が頭打ちだった。

ある日、岐阜県の有名なネットワーカーの重田氏から電話があった。
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「今から京都まで行くから時間を取ってほしい」とのことで会うと、
外資系大手M社の再立ち上げの提案だった。
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当時、日本に上陸して4年だが伸び悩んでいて、社長がチェンジして某大物がトップで再立ち上げをする事になり、重田氏はそのトップから情報を得たと同時に私に連絡してきたという。
外資系大手の会社で、会社から3段目のポジションで登録できるとの事だったので、とりあえず登録して1週間ほどで数十人の紹介を出した。

そして、トップの人物と重田氏と私は、東京本社の社長室に招かれた。

左から、私、重田氏、トップ、重田氏のパートナー、社長
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これで更に業界で知名度を上げた私のもとに、次々と新規立ち上げの会社からヘッドハンティングされるようになった。
それで、会社直のトップで登録したビジネスは数知れず存在するが、幅広く展開している私は全部を真剣に取り組むことは出来ず、各ビジネスで10人くらい紹介を出してすぐに活動終了……ということを繰り返していた。

私には数千人の顧客がいたので紹介を出すのには全く困らなかった。
また、ネットワークはダウンを稼がせる事で、結果として自分の収入になる。
紹介を出して放ったらかしの人が多いが、私はダウンフォローを徹底した。
月収5万、10万、30万と稼ぐ人も増えてきて、毎日、全国からお礼の手紙やFAXが届き、お歳暮やお中元を贈ってくる人も何人かいた。
http://messiah666.seesaa.net/article/232975918.html

だが、稼げない人の方が多い現実を憂い、私が主宰していたネットワークをリニューアルオープンし、業界に旋風を巻き起こした。
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そして、推奨ビジネスを厳選して発信し、多くの人々から支持を得た。
中でも、爆発的にヒットした投資系ビジネスでは、私の直紹介は初日で200人を超え、最初の週給から100万円を突破して数百万円の月収が続いた。
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大手電算センターの統計によると、月収300万円以上の人は0.008%で、宝くじより当たる確率が低いそうなので、その意味では私は紛れもなく成功者となった。

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そして、私を含めたトップ3人が香港とマカオ旅行に招待された。
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現地で、銀行でVIP待遇を受けていてマフィアにも恐れられているというM氏という権力者と合流し、その知り合いの香港の女優と一緒に、グランドハイアットホテルのレストランのVIPルームでディナーを招待された。
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私は借金を一括返済したが、全国には多重債務や資金調達に困っている人たちが沢山いたので、自分の体験を組み込んだ金融マニュアルを作成して案内すると大反響だった。
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時代が変わって今では使えない内容が多いが、検索すると転売している人がいた(笑)

が、私も人の事は言えず、他社のマニュアルをコピーして転売したりもしていた(笑)
ちなみに、資料の通帳コピーは、私の通帳をコピーして貼り合わせたものである。
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その他、顧客からの入金一例
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ある時、私のクラブに敵対する大物ネットワーカー(弁護士兼芸能人の外人)の陰謀で、M社から除名処分を受けてしまった。
そこで私は、世界一のネットワーク会社N社に目を着けた。
N社は世界でアムウェイやニュースキンの売り上げを超えるNo,1企業だが、日本では日の目を見ずに地味な展開をしていた。
この会社で最高タイトルを取れば超ステイタスであり、成功すれば月収数千万円の権利収入も可能となる。

私はN社に電話して、会社直で参加させてほしいと頼んだが、誰かの紹介でないと登録できないとのことだったので、トップリーダーの泉氏を紹介してもらった。
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しばらくすると泉氏から電話があり、数千人の見込客がいる事を伝えると、わざわざ福岡から来てくれた。

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私が顧客や関係者に一斉にFAXしたチラシ
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そして、20万円コースの登録連鎖を起こして、登録翌月にグループ売上げが全国で1位になった。
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もちろん、ワールドコンベンションで表彰された。
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これで私は誰もが認める成功者となった。
当時、私はそれ以外にも様々な事業展開をしていたが、その1つに「クラブメディア」というビジネス情報誌の発行があった。
ある日、どこかからDMが届いて見てみると、私が発行している情報誌が紹介されていた。
しかも、『頭で儲ける時代』と一緒に紹介されているほど知名度が上がっていた。

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大した情報誌ではないのだが、編集作業が大変になってきたので廃刊を考えた。
だが、廃刊にするのはもったいないので、「広告掲載」を商材としたネットワークビジネスにリニューアルし、私が京都本部長を務めていた大阪の会社に運営させる事にした。

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が、下手を打って企画倒れとなってしまった。
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言い忘れていたが、当時、私は複数の会社から企画や流通に関するアドバイスを求められていて、非常勤役員に入っていた。

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個人的には5つ以上の屋号で自営業を営んでいた。

株式にする予定で結局していないが……。
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単なるネットワーカーではなく、実業家への道を進み始めていた。
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当然ながら超多忙で毎日走り回っていた。

2002年〜2004年に使っていた手帳
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普通なら1人ではとてもこなせないほど幅広く手掛けていたが、
当時はそれがこなせていたので、頭脳も体力も精神力も超人的だった。

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色々な会社の社長や会長から、「名誉会長」とか「先生」と呼ばれていた(笑)

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夜は毎晩のように朝まで飲み歩いていた。

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新しく出来る人脈もどんどん大物になり、大企業5社の顧問を務めていてドバイの王子と友達の人や、村山元総理と某銀行の頭取と3人で全国講演会に回っていた人たちとも親しくなった。

また、大臣クラスと一緒に仕事をしている人とも交流を持つようになった。
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有名な議員のパーティーにもコネで誘われた事があったが、直前になって、髪の毛の色が問題で断られた。
だが、社会的地位の高い人の中には、私の実績を素直に認める人が多かった。
自分も既に成功者でありながら、自分よりずっと年下の金髪の私を素直に認められる人は素晴らしいと思う。
そこで敢えて私は自分から「音楽やってるんで、こんなナリですいません」と言っていたが、人相や話した印象で人間性が分かると言われた。

しかも、そうした外見でありながら、普通では有り得ない成功をしていたので、興味を持たれていたのだった。
また、どんな大物に会う時でも自分のスタイルを崩さない姿勢と神経は、違う意味でも評価されていた。
そのスタイルとは、人に繋いでもらって初対面の時に、私は大遅刻してジャージ姿でホテルのラウンジに現れ、昼間からビールを注文するというものだった。

もちろん、黒髪の時期もあり、人が多く集まる時は正装の事が多かったが……。
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一般常識ではフザケているように見えるかも知れないが、遅刻はともかく、私は全くフザケていないし、自分にとってはそれが普通だったのである。
もちろん、非常識なことは分かっているが、成功してきた方法自体が型破りだったので、実績が全てであり、また誰と会っても対等な立場だと思っていた。

当時の国連大使と親しかった人ともずっと一緒にビジネスをしていたが、その人も獣に全幅に信頼を置いてくれていた。
だが、中途半端な成功者や経営者は、私を見て怪訝な顔をしたり、外見について叱ったり、私の実績に対抗意識を持っていて、そういう人たちとは二度と会う事はなかった。

変わった人脈では、私には坊さんの弟子もいた。
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ビジネスに於いて私は「師匠」と呼ばれていたのだが、宗教や謎学の話をしても、「私が40年間勉強してきた事を全て知っているどころか更に上を行っている」と評価されていた。

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やがて26歳になり、名刺はないが、年商2000億あった上場企業の監査役にも抜擢された。
社長は全国チェーンの大手スーパーの元顧問で、大手カタログ通販の社長秘書でもある。
その会社の再立ち上げとして、監査役に専任されて登記も済ませた。
その社長は老人なので社長の座は別の人に譲って取締役会長になったが、その会社は休眠状態だったので、復活させる為に協力依頼が来たのである。

なぜ私が選ばれたかというと、それ以前からその老人(N氏)から色々な相談を受け、マーケティングについてアドバイスをしていて、人間性も含めて全面的に信頼されていたからである。
N氏曰く、「今の時代、見た目がまともな人ほど信用できない」とのことだった(笑)
そして、京都駅前の事務所を無償で貸してくれたりもした。

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また、N氏は、国際資本が投入されているインドネシアの農場の日本の利権を持っていて、ヤーコンの苗を日本で初めて農家に卸して一攫千金をしたことがあるという。
で、その会社も放置状態なので、私に無償で利権を譲渡してくれるとの事だった。
私はプラウト哲学の影響を受け、将来的に農業革命も視野に入れていた。

農業革命を断行すればJAを敵に回す事になるが、顧問とも交流があり、その関連事業にも少し携わった事があった。
しかも、理解のある人物なので、私の計画に賛同してもらえる可能性はある。
だが、当時はまだそれに着手できるタイミングではなく、その話は数年後に……という事で保留にしてもらった。

22歳〜26歳までの間に、通帳に振り込まれた総額は約5000万円だった。
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情報販売で現金書留で送られてきた金額は不明だが、月平均50万円とすると年間600万円なので、単純計算では4年間で2400万円という事になるが、もっとあると思われる。
その他、企業から手渡しで現金を受け取ったのも含めると、多く見積もって5年間で1億円近くの収入があったと思われる。
だが、5年間で1億というと、年収2000万円で、平均月収は166万6666円ということになる。

最高月収は800万円だったが、最初の1年間近くは月収10〜50万円程度しかなく、これから述べるが5年目は収入が激減した。
従って、4年間で1億円と計算すると年収2500万円で、月収208万円ということになるが、平均的にはその程度のものだったと思われる。
「日本人の平均月収は200万円」らしいので、私は平均的な収入を得ていたのである。

実際のところ、月収200万円では人生は何も変わらなかった。
あればあるだけ右から左に消えていく為、それだけの収入を得ながら常に貯金はなく、生活レベルは全く変わらず、新たに500万円ほどの借金が出来て、一向に減る気配はなかった。
厳密にいうと、50万や100万単位の臨時収入があった時は1社、2社に一括返済をするが、すぐに引き出して使ってしまうという繰り返しだった。
使途は主に交際費や飲食だが、50万円単位の投資詐欺にもよく遭っていた。

当時の私
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ネットワークビジネス1社で月収1000万円は難しい。
しかも、永続的な権利収入を得るのは不可能だと悟った。
もし、月収1000万円の権利収入があっても、全然満足できないと思った。
当時の事業を続けたり、VIPな人脈が出来ても大富豪にはなれないと感じた。
大阪の会社の会長は、毎晩社員を引き連れて、5〜10分置きに次々と新地を巡って毎晩1000万円以上の飲み代を使っていた。
獣の3つ上(当時28歳)の経営者は、クラブで一晩で1億使った事があると言っていた。

私は純日本人だが、それまでの生き様から、「自分の力で必ず成り上がってやる」「絶対に日本一の金持ちになってやる」という強烈なハングリー精神と信念を持っていた。
と言っても、「社会正義に反する事なく、人々に喜んでもらう」というポリシーは持っていた。
そこで、香港で知り合った投資会社の会長とタイアップして、世界初の投資ネットワークを構想し、日本発で世界展開させる計画を立てた。
取らぬ狸の……という言葉があるが、「10年間で1000億円の売上げを達成し、ハイパーグロスカンパニーにする」という明確なビジョンが見えていた。

そして、大阪の会社の協力を得て、大阪に事務所を確保した。
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ビジネスプランが完成し、数人の大物ネットワーカーに資料を配り、ロケットスタートを切る準備が着々と進んでいた矢先、人生の転機が訪れた。
それをキッカケに、私は異次元へと突入していったのだった。
posted by ルシファー at 04:05| Comment(4) | 過去の実績紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

新月パワーでカルマ解消&人格完成&願望実現

『魂の願い 新月のソウルメイキング』という本がある。
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新月の日は「願望実現」のパワーが最も強いという。
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だが、その前に重要な課題があり、
プロセスを踏む必要があるとの事なので、少し抜粋しておこう左斜め下

あなたの潜在意識に蓄積されている「心のゴミ」が掘り起こされる場合は、
この願いを入れても強い不安感に襲われることがあります。
心のゴミとは、子供時代から現在に至るまでに親や親戚、
社会から教え込まれた否定的な既成概念、
さらには前世から引きずっている否定的な考え方などです。
これらは長いこと、あなたの一部になっているものですから、
そこにメスが入れられる時に、不安感や不快感を覚えるのは当然のこと。
願いを実現し、本来の運命を歩むために、避けて通れないプロセスなのです。
不安感に襲われた時には、心配事を書き出してみるといいでしょう。
そして、その日が終わるころ、紙を破って捨てるのです。
こうすることで、潜在意識に宿る否定的な考えや感情を
捨て去るジェスチャーをするのです。


私が主張している通り、まずは潜在意識の浄化が必要という訳である。
また、その心のゴミを捨てる方法は、
獣の考案メソッド「ダストシューティング」と同じである。
http://world888.seesaa.net/article/173532767.html
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「ダストシューティング」はこの本を参考にした訳ではなく、
小学生の時に少し世話になった「生長の家」で行われていた
「想念の浄化法」のアレンジである。

マンモステレビや電光ニュース、アルファコイルなどを発明した
工学博士の橋本健氏も「生長の家」の信者だが、
願望実現の為にはまず潜在意識を浄化する事を説き、
「インスピレーションテープ(CD)」を薦めている。
http://www.alphacoil.com/inspilat.htm

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さて、同書には「願いの実現を阻むカルマの解消法」と題して、
次のように説明されている左斜め下

「新月パワーには、あなたが欲しいものを引き寄せるだけでなく、
知らないうちに築いてしまった、あなたの足を引っ張っる
悪い習慣や行動パターンを解消する力もあります。
根強い思考・行動パターンは前世からの残骸で、
あなたが心から求める夢の前に立ちはだかり、実現を阻みます。
これらの習慣は、無数の過去生、そして今生での子供時代まで、
あなたにプラスに働いてきました。
でも、現在のあなた、大人になったあなたにとっては、
それらがマイナスに働くことが運命づけられているのです。
欲しいものが手に届きそうになると、これらの習慣が繰り返し妨害します。
あなたがそれと気づき、自らの手でそのパターンを断たない限り、
何度でも現れて、夢の実現を遠ざけるのです。
あなたが知らないうちに作用する、これらの影響を明らかにするためには、
まずカルマという宇宙の流れを理解することから始めましょう。
前世での度重なる経験によって生じた偏った習慣を改め、
バランスを取ろうとする宇宙の摂理を、わたしはカルマと呼んでいます。
たとえば、過去の多くの人生で家庭人だった人は、
家庭人としての人格要素が過剰に発達しています。
この場合、宇宙はこの人の偏りを正そうと、家庭の外に出て、
ビジネスの世界での経験を積む人生を促すのです」


悪い思考・行動パターンが「カルマ」というのは、その通りだと思う。
そして、願望を実現する為にはカルマの解消が必要だという。
悪想念やネガティブ・カルマを抱えたままの願望実現や成功は、
幽界の作用によるものであり、決して「自己実現」に繋がるものではない。
想念の浄化と思考パターンの修正を根本的に図る為には、
「ネオデジタル内観」が最も優れたメソッドである。

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だが、新月パワーにもカルマを解消する力があるという。

「カルマの解消は新月パワーに願いを託すのが一番の早道で、しかも簡単です。
このことは、わたし自身やクライアントによる長年の探求で、実証済みです。
このパートでは、あなたの人格の中で一番発達が遅れている部分
(カルマの部分)について説明し、居座ろうとする古いパターンを追い出し、
バランスの取れた健全な人格を取り戻す為の願い事の例を具体的に示しました。
今生のテーマとして取り組むべき人格の未発達な部分が、
新月に託す願いのパワーで刺激されると、
あなたは長い間忘れていた完璧なバランスを取り戻し、
現世でのあらゆる望みを楽々と実現させるために必要な基盤が完成します」


新月パワーを活用したからと言って、それだけで内観のような
「歪み点の解消」や「真の自己発見」に至る事は出来ないだろう。
あくまでも補助的なものとして獣は捉えているが、
新月パワー活用する価値は大きいと思われる。

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「バランスの取れた健全な人格を取り戻す為の願い事の例を具体的に示しました」
との事だが、内観の目的も歪み点(思考パターン)の修正で、
それによって行動パターンが変化し、カルマ(業)が解消される事にある。
その歪み点の解消により、バランスの取れた健全な人格となるのだ。
人間が生まれてきた目的は、カルマの解消とも言えるが、
それは結局「人格の完成」という事に繋がるのである。
人格の完成は「自己実現」であり、輪廻を解脱した状態を意味する。

本来、人はもともと「人格完成者」である。
人格完成者に「成る」のではなく、人格完成者に「戻る」ことが必要なのだ。
それは「意識進化」という言葉にも当てはまる。
人間は神に「成る」のではなく、神に「戻る」のである。

自分が何者で、何処から来て何処に行くのか……。
人間は神で、天から来て天に帰るのである。
水蒸気が冷えて雨になり、雨水が冷えて氷という
個体になっているのが「人間」である。
意識の振動数が上がれば氷が解けて水になり、
やがて水蒸気となって「天人合一」に至るのだ。

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進化というのは人間界から見た一面的観念であり、
実際には「帰る」という表現が正しい。
人間の魂は「トータルセルフ」の分魂であり、
それが輪廻を繰り返す度にコピーミスを重ねていったという。

その成れの果てが終末に生きている我々だが、
5次元に帰って本体の魂である「トータルセルフ」と再統合するか、
それとも再び何処かの星でノア一家のようにもう一度、
肉体次元での長い輪廻を繰り返すか……
それは、完全に各人の自由意志に委ねられている。

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もう少し具体的に説明すると、「一霊四魂」のバランスが取れた状態を指す。
四魂とは「荒魂」「和魂」「幸魂」「奇魂」を指し、
ヘブライ語で「Y・H・W・H」と表記する。
そして、荒魂には「勇」、和魂には「親」、幸魂には「愛」、
奇魂には「智」という機能があり、それらを統括する一霊を「直霊」という。

この四魂が円満に活動する事が「人格の完成」を意味するが、
四魂を統率する直霊には「省みる」という戒律があり、
省みるとは内省、即ち「内観」のことなのだ。

「一霊四魂」と愛と怒りの本質と一体性
http://mujaki666.seesaa.net/article/169448232.html
ネオデジタル内観の先生はあなた自身である
http://world888.seesaa.net/article/152941847.html
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新月にもその力があるという事だが、
「祝詞や新月は内観効果をサポートするもの」だとしている。
では、「一霊四魂」のバランスが取れているかどうかは、
どのようにすれば分かるのだろうか……。

1つは、フーチパターンが「円満な生命体」を示すかどうか。
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もう1つは、山本健二氏の右左脳の脳波の「調和測定」
http://world888.seesaa.net/article/152847546.html
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山本健二氏は既に他界している為、脳波の測定は今は出来ないが、
少なくとも右脳と左脳がバランス良く活性化している事は最低条件であろう。
その意味では、「つきを呼ぶ音楽」もサポートアイテムだが、
もっと効果の高い「人格完成CD」が存在するので改めて紹介したい。

話を戻して進めるが、新月パワーの本には、
「バランスの取れた健全な人格を取り戻すための願い事の例」
が、星座とテーマ別に示されている。

一例を上げると、次のような感じである。

「子供時代から引きずっている否定的な考えを、すべて消し去りたい」

「家族の問題ばかりに囚われず、もっと大きな視点を持てるようになりたい」

「自分のためにならないプライドを、すんなり手放せますように」

「週に○回以上は、自宅でヨガをする習慣をつけたい」

「お金に関する否定的な考えは、すべて捨て去りたい」

「自分だけのメリットではなく、皆が幸せになる方向を目指せるようになりたい」

「大局から目をそらさず、宇宙の大きな流れに従える私でありたい」


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それはそれで良いと思うが、
星座別に書かれている事が必ずしも当てはまっている訳ではない。
また、新月の度にそんな事を繰り返すのも面倒である。
そのような自己変革の願望も、全て過去完了形で「ブレインダンプノート」
に書き出して(掻き出して)封印する事をお勧めする。

上記の願い事の例は、人格のバランス(一霊四魂の調和)を取る為に、
自分に不足している要素を補う為のメソッドだが、
内観に於いてはそのような願望すらも手放す必要がある。
そこで、とりあえず「ブレインダンプ」で書き出して、
心を白紙の状態に戻す作業が重要になってくる。
内観が進めば、書き出した「自己変革願望」は、
それが本当に理想的なものなら自然に実現していくようになる。

アンリ式ブレインダンプ
http://world888.seesaa.net/article/166484879.html
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では、どのようにして新月パワーを活用するのか……。
「ブレインダンプ」に書き出す願望は、
内容を一切問わない為、自我による低俗な変身願望であったり、
本当は理想的ではない変革願望である可能性もある。
そこで、「最も理想的な願い事」を作る事をお勧めする。

まずは、同書に書かれている手順を紹介しておこう左斜め下

◆新月に入った瞬間から8時間以内に、願い事のリストを作る。

◆毎月、手書きでリストを作る。

◆願い事は毎月10件まで

◆願い事は1つだけというのも避け、2つ以上書くこと。
1つしかない場合は、関連したものを記すと効果が上がる。


これをアンリ式にアレンジしたものを紹介するが、
基本的な願い事は1つにする事である。
しかし、効果を上げる為に関連した事を書いて最低2つにする。
繰り返すが、獣式「新月パワー活用術」は、
様々な願望を叶える為のものではない。
様々な願望がある場合は、10件どころか100件でも200件でも良いので
ブレインダンプノートに「願望の断捨離」として書き出す事である。

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本題だが、新月パワーを活用する目的は、
「バランスの取れた健全な人格の完成=自己実現」である。
願望(祈り)は漠然としたものではなく、具体的である必要があるが、
恐らく多くの人は、人格完成(一霊四魂のバランス)に
必要な要素や過剰な要素が分からないと思う。

「短気な性格を改善する必要がある」とか、
「すぐに落ち込む性格を改善する必要がある」とか、
「もっと思いやりが必要である」「もっと勇気が必要である」とか、
そのような自己分析は出来ると思うが、
それらはあくまでも自我による主観に過ぎない。

改善すべき歪み点や必要な要素は、自我を消した内観によって明確になり、
自然に改善され、本当の意味での思いやりや心の平安が生まれてくる。
つまり、性格改善は努力によっては不可能であり、
もし努力によって自分を変えたとしても、それは表面的な事に過ぎず、
新たな偏りを生み事にも繋がる。

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話が少しそれたが、新月の日に書く願い事は次のようにすると良い左斜め下

「一霊四魂のバランスが整って、円満で完全な人格を取り戻しました。
有り難う御座います、感謝します」


もう1つの関連した願い事は、次のようにすると良い。

「円満で完全な人格を取り戻す為に、ネオデジタル内観をする習慣がつきました」

願い事はあくまでも「過去完了形」で書く事である。

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その他、関連する願い事は、以下のような感じで追加すると良いだろう左斜め下

「ホ・オポノポノが習慣になりました」

「雑念や妄想が少なくなり、感情をコントロールできるようになりました」

「両手振り体操や真向法などの各種健康法が日課になりました」

「少食で満足できるようになり、健康的なメニューを好むようになりました」


以上のような感じで、関連項目を計10件まで書いても良い。
但し、くれぐれも自己判断で自分の「長所」や「短所」を決めたり、
その長所を伸ばしたり短所を改善する為の願い事は避けるべきだと思う。

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但し、当然ながら、人格が完成したからと言っても、
誰からも好かれて万人に支持される性格や人間性になる訳ではない。
ただ、「絶対調和」「完全円満」という原理から外れる事はなく、
常に平和と安寧を保つ事が出来るようになる。

もっとも、実相の世界に於いては、
真我は完全なる円満であり、それを「実相完全円満」という。
もりけん氏は「人間は生まれた時から完璧で欠点はない」
と言っているが、それは5次元の実相の事を述べているのだ。

生長の家では「実相完全円満」を唱えて、
実相の自分(真我)を観るという行法がある。
それもまた、真我に目覚める為の1つの方法だが、
獣も日常的に口癖のように唱えている言葉なので、
とりあえず今、5回唱えてみて頂きたい。

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posted by ルシファー at 04:32| Comment(0) | カテゴリー未設定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

ナポレオン・ヒル成功哲学を斬る・2

DO IT NOW
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「今すぐにやれ」という意味だが、これはESP科学研究所の創始者・石井普雄氏の教え「発想即行動」と同じ意味である。
これは正しいと言えば正しいのだが、真我やハイヤーセルフと呼ばれるものから与えられる「閃き」である事が絶対条件となる。
自我の思いつきをすぐに行動に移していると、とんでもない目に遭う事になる。

特に、ナポレオン・ヒルの成功哲学では、「明確な目標・願望を持つ」という事が第一条件だが、
これは自我の欲望に立脚するケースが殆どである。
更に、「信念を持ち続ける」というのが第二条件だが、これは「執着」「執念」以外の何ものでもない。
要するに、欲望に執着するという幽界思想が、ナポレオン・ヒルの成功哲学の核となっているのだ。

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ただでさえ、人は欲望に執着する生き物なのに、それを絶対的な信念として固定してしまうプログラムなのだ。
それによって、当人の意識は幽界と太いパイプで直結する事になる。
幽界霊たちは、人間を通して願望や欲望を満たしたいと思っている。
その状態で「発想即行動」を実行すればどうなるか……。
結果、幽界霊たちの想念をインスピレーションとして受け取り、ある程度はトントン拍子に目標が実現されていくだろう。

強力な霊がバックについた場合には、社会的にも有名な大成功者となる事もあるだろう。
それが何年、何十年続くかは欲望の大きさに比例するが、いつまでも続く事はない。
いずれ、突然にして富も名誉も信用も失う時が来る事になる。
そして当人は落胆し、幽界霊(悪霊)たちはそれを見て狂喜するのだ。
そのような例は枚挙に暇がなく、これを書いている私自身そうだった。

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但し、我よしではなく、人の喜びの為にも活動する人には、いわゆる「守護霊」の加護を得られる事もあるだろう。
ナポレオン・ヒルの成功の定義は、社会的正義に基づく事を前提としており、獣もそれを前提にビジネス展開をしてきた。
故に、獣も守護霊団の加護を受けて成功したと思っているが、一般的に言われる守護霊の多くは「幽界の善霊」である。

その場合も、栄華はいつまでも続かない。
何故なら、それには様々なケースがあるので一概には言えないが、善霊であっても幽界霊は広義の意味で「悪神」の勢力だからである。
それは人間界の道徳的な善悪の概念は一切無関係であり、意識進化に反する体主霊従主義を「悪」というのである。

「今の世に出てゐる守護神、悪神を天の神と思ってゐるから、
なかなか改心むつかしいぞ」

「悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事、悪となるのざぞ」

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また、幽界霊にはある程度まで先の未来は見えているが、「見通しの神」ではないからだ。
少し規模が大袈裟な話になるが、同じ原理の事で、『日月神示』には次のように示されている。

「あちこちに人間の肉体借りて予言する神が沢山出てくるなれど、
九分九厘は分りて居れども、とどめの最後は分らんから、
この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。砂糖にたかる蟻となるなよ」


また、金銭的・物質的な豊さ(体主霊従)を人生の目的にしている限り、宇宙進化の法則から外れているからである。
故に、当人の意識レベルが上がって宇宙進化の流れに乗り始めると、それまでの「成功」という「結果」は全て取り上げられる事になる。
その成功は「幽界次元の成功」なので、輪廻を解脱する事は出来ない。

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つまり、5次元から見ると、幽界次元の成功は「人生の失敗」なのだ。
だが、その失敗も、もっとマクロな視野で見ると、成功(意識進化=自己実現)のプロセスである。
故に、失敗も成功であり、本当の5次元感覚からすると「失敗」というものは存在しない(実相ではない)のである。

成功するには物事を良い方向に考えるクセを持つことだ
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もちろん、これも正しいのだが、表面的に無理矢理そう思うと、潜在意識の奥底にマイナス想念が蓄積されていき、やがて「プラス思考の弊害」が噴出することになり兼ねない。
ナポレオン・ヒルの成功哲学は、徹底的なプラス思考でもある。
それで獣も、思考パターンを徹底的にプラス思考にしてきた。
その結果、「プラス思考は人生の失敗を招く」ことを体験した。

どのような出来事も良い方向に解釈するのは重要だが、その根拠として以下の@Aを理解して確信しておく事である。

@世の中の全てのものは、マクロには善い方へ生成発展している。
ミクロに見ると、退歩もありうるが、それは心配する事ではない。

A世の中で生起する事は、全て必然・必要といっていいようである。

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それで私は意識レベルのUPに伴って、過去の失敗を分析し、5次元に適った「21世紀型成功哲学」を構築して体系化した。
それは「ルシファーによる福音書」で徐々に発表していくが、私自身がまだその成功哲学を証明できない段階である(笑)
5次元はフロー(シンクロの海)なので、思った事がすぐに実現する世界である。
すぐに実現するというよりも、「原因」と「結果」が同時存在しているというのが適切である。

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だが、「21世紀型成功」は実現に時間が掛かるという難点がある(笑)
5次元哲学なのに、なぜ実現に時間を要するのか……。
その説明は『日月神示』に譲りたい。

「悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、九分九厘でグレンぞ。
善のやり方、始め辛いなれど先行く程よくなるぞ。
この世に何一つ出来んと云ふことない此の方のすることぞ」


欲望をなくすと不可能はなくなる
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そして、自我を超越した地球規模の大願を持つ事が、21世紀型成功哲学の初期設定なので、
3次元の世界で実現する為には大きなタイムラグを生ずるのだ。
度々述べている通り、結果を急ぐのは赤ちゃんで言えば流産である。
また、結果(実現)を待ったり気にしたりするのは、執着である。
重要な事は、共時性(シンクロ)が働く5次元では、「原因」と「結果」が同時存在なので「過去完了型」で決定する事だ。
そうすると、期待や執着は必然的に消滅し、その元となる「願望」そのものが消滅することになる。
そこに5次元エネルギーが作用し、不可能な願望が実現するのである。

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恐らく、ここまで具体的に「願望実現メカニズム」を解き明かしている人物は他に存在しないと思われる。
その意味でも「ルシファーによる福音書」は、単なる誰かの仮説の受け売りなどではない。
また、これは「善悪逆転」に通じるものであり、今はまだ悪の時代(パイシスの時代)だがら、善なる大願の成就には時間が掛かるのである。

「今は善の神が善の力弱いから善の臣民苦しんでいるが、今しばらくの辛抱ぞ」
posted by ルシファー at 03:58| Comment(0) | 間違いだらけの成功常識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

ナポレオン・ヒル成功哲学を斬る・1

ナポレオン・ヒルのアファメーションカード3枚について。

成功する人は現状に満足しない!
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これは私の成功哲学と真逆である。
もっともっと…と求める事で、より大きな富を得る事は出来るだろう。
だが、人間の欲望には際限がない為、これで満足という事はない。
「常に現状に満足しない」という事は、一生満足する事は出来ない。
そうやって欲望を追い求めている限り、輪廻を解脱する事は出来ない。
逆に、現状に満足・感謝できれば、その時点で既に「成功」である。

評論家の竹村健一氏は、どのような悲惨な境遇の時でも不平不満を抱いた事がなく、常に「こんな素晴らしい境遇はない」「神様ありがとう」と、内なる神に感謝していたという。


私は絶対にあきらめない!
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これも「信念」や「執着」であり、幽界意識である。
それによって目標や願望を叶えたとしても、決して輪廻を解脱する事は出来ない。
真の成功(自己実現)を叶える為には、「諦める」「忘れる」「手放す」という事がキーとなる。


自分が変われば周りも変わる!
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確かにその通りだが、自分を変えようとしても変える事は出来ない。
むしろ、「欠点を直そう」と努力する事は自分を否定する事になる。
では、今のままで良いのかというとそうではない。
もりけん理論では「欠点を受け入れた時に時空と一体となる」という。
もりけん氏は「変わらなくていい」と言っているが、欠点を受け入れる事で時空と一体となり、結果的に変わるのである。

ただ、頭で欠点を認めて開き直っても、全く何の意味もない。
ネオデジタル内観のタイトル『絶対変革』は、文字通り、自分を絶対的に変革させるメソッドである。
だが、それは「真の自己発見をする」という事であり、もりけん用語の「時空と一体になる」という事と同じである。
posted by ルシファー at 11:41| Comment(0) | 間違いだらけの成功常識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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